人は箪笥(タンス)にしばられる

確か貝原益軒の言葉だと思うのですが,
「人は箪笥を買えば箪笥にしばられ,服を買えば服にしばられる」
のようなものがありました。

人は物を自分の支配下に置いていると思いがちですが,
実はそうでもない。
物によって自分の行動,或いは思考が束縛されることもある。

例えば,箪笥を買えば,部屋で人が動くラインが変わってくるし,
箪笥を入れる際にテレビを移動したならば,テレビを見る姿勢まで変わってくる。また,箪笥が傷つくことを恐れるあまり,子供に厳しくあたり,家族関係がギクシャクしてくるかもしれない。ローンを組んでいれば,早く返すためによりたくさん働く必要も出てくるかもしれない。


物だけではなく,知識もまた人をしばります。
知識がたくさんあればあるほど自由な思考ができそうですが,
実はそうでもない。
年齢を重ねれば重ねるほど知識は増え,
彼をしばっていく。

知識に見合っただけの智慧があれば,
知識を支配下に入れることができますが,
知識の供給源に溢れた昨今,
智慧が知識を制御し切れていない人をよく見かけます。

何のための道具か?
何のための知識か?

「箪笥」に働かされたり,「知識」にしゃべらされたり。

私は一体何を求めていたんだろう。
時々立ち止まって考えたいものです。